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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)4693号 判決 1987年3月30日

原告 巣鴨信用金庫

右代表者代表理事 田村冨美夫

右訴訟代理人弁護士 丹羽健介

同 佐藤米生

同 鷹巣久

同 高畑満

同 中島敬行

被告 子野日聡

右訴訟代理人弁護士 野村政幸

主文

一、被告は、原告に対し、金八〇三万円及びこれに対する昭和六〇年九月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

三、この判決は仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

主文同旨

二、請求の趣旨に対する答弁

1. 原告の請求を棄却する。

2. 訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求の原因

1. 原告は、昭和四二年七月一八日、訴外遠藤治雄(以下「遠藤」という。)との間で、同人に対する信用金庫取引契約に基づく債権、手形債権、小切手債権を担保するため、同人の所有にかかる別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)につき、極度額金二八〇万円(ただし、昭和五四年三月七日、金一三〇〇万円に変更された。)の根抵当権設定契約を締結した(以下この根抵当権を「本件根抵当権」という。)。

なお、本件建物は、遠藤が訴外渋谷鉦吉(以下「渋谷」という。)から、昭和四二年八月一日賃借した土地上に建築されたものであり、本件根抵当権の効力は、右借地権(以下「本件借地権」という。)にも及んでいた。

2. 被告は、昭和六〇年九月一四日、本件建物に原告の本件根抵当権が設定されていることを知りながら、本件建物を損壊した。建物の損壊状況は以下のとおりである。

(一)  玄関部分は完全に損壊されている。

(二)  一階部分については、床面はほぼ残存しているが、四方の内壁は剥がされ、柱のみが建っており、北東角風呂場の外壁はなく、部屋の仕切りもない。

(三)  二階部分については、屋根はなく、建物の西側部分に天井が若干残っている程度で、東側部分は壁も窓もなく、間仕切りはなく、柱だけが建っている。

なお、本件建物は、倒壊の危険があったため、昭和六一年三月八日、取壊された。

3. 原告は、東京地方裁判所に対し、本件根抵当権に基づき本件建物の競売を申立て、昭和六〇年七月一〇日、競売開始決定がなされた。右競売手続における本件建物の評価額は、前記損壊前には金六七一万円、損壊後は金一六八万円であった。なお、建物損壊前の借地権価格は金三四二八万円と評価されている。

4.(一) 原告は、遠藤に対し、次のとおり合計金三七〇〇万円を貸し渡した。

(1) 昭和四七年一二月二八日、金二七〇〇万円、最終弁済期日同五八年一月二日、利息年八・三七五パーセント

(2) 昭和五四年一〇月一日、金一五〇万円、最終弁済期日同五八年九月二七日、利息年八・七五パーセント

(3) 昭和五五年七月二九日、金三五〇万円、最終弁済期日同五八年六月二一日、利息年九・六二五パーセント

(4) 昭和五六年九月一四日、金五〇〇万円、最終弁済期日同六一年一〇月一一日、利息年九パーセント

(二)  (保証人の事前及び事後求償権)

(1) 訴外国民金融公庫は、昭和五五年七月三〇日、訴外有限会社ポピードレス(以下「ポピードレス」という。)に対し、金二五〇万円を最終弁済期日同五八年一月二〇日、利息年九・一パーセント、遅延損害金年一四・五パーセントと定めて貸し渡した。

(2) 原告は、右契約締結の際、ポピードレスの委託を受けて、同人の国民金融公庫に対する債務を保証する旨の契約を国民金融公庫との間で締結し、同時に、遠藤との間で、原告のポピードレスに対する求償債権を遠藤が保証する旨の契約を締結した。

(3) 原告は、昭和五九年一月二一日、右保証契約に基づき、国民金融公庫に対し、金八三万八一一六円を支払った。

(三)  原告は、本件根抵当権の実行により、極度額金一三〇〇万円の限度で遠藤に対する右債権の回収が可能であったところ、被告の損壊行為により、前記3項記載のとおり、本件建物は、金五〇三万円を下らない減価を受け、また、借地権についても、建物の維持という社会経済的要請が低下し、借地権存続の必要性が減少することによって、最低限、借地権価格の一割程度である金三〇〇万円の減価を受け、合計金八〇三万円の損害を被った。

よって、原告は、被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、金八〇三万円及びこれに対する不法行為の日である昭和六〇年九月一四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求の原因に対する認否

1. 請求の原因1ないし3の事実は認める。

2. 同4の事実は知らない。

三、抗弁(違法性阻却事由)

1. 遠藤は、昭和五八年八月ころ、本件借地権を訴外浅水聡(以下「浅水」という。)に譲渡し、また、同じころ本件建物を訴外恩慈博之(以下「恩慈」という。)に譲渡することにより、本件借地権を二重譲渡したまま行方不明になった。

2. 渋谷は、昭和六〇年一月三〇日、遠藤に対し、借地権の無断譲渡を理由として、本件建物の敷地の賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)解除の意思表示をした。

3. 被告は、昭和五八年一一月二九日、恩慈から本件建物を譲受け、昭和六〇年九月一四日当時、これを所有して本件借地を占有していたが、土地所有者渋谷に対する建物収去土地明渡義務の履行として、本件建物を損壊したのだから、右損壊行為に違法性はない。

四、抗弁に対する認否

1. 抗弁1、2の事実は認める。

2. 同3のうち、被告が恩慈から本件建物を譲受けたことは認め、損壊行為が建物収去土地明渡義務の履行としてなされたとの主張は争う。

第三、証拠<省略>

理由

一、請求の原因1、2の事実については、当事者間に争いがない。

二、そこで、被告の抗弁(違法性阻却事由)について検討する。

1. 抗弁1、2の事実及び同3のうち、被告が恩慈から本件建物を譲受けたことは当事者間に争いがない。右争いのない事実に、いずれも成立に争いのない甲第一、第三、第六、第一一、第一二及び第一六各号証並びに原本の存在及び成立に争いのない乙第二号証により認められる事実を総合すると、以下の事実を認めることができる。

(一)  遠藤は、昭和五八年六月ころ、本件借地権の地代(月額金一万三〇〇〇円)を三か月分ほど滞納した後、渋谷に対し、本件建物の売却処分(借地権譲渡)についての承諾を求めたところ、渋谷は、金三〇〇万円の承諾料の支払を条件に承諾した。ところが、同年八月一九日付けで、既に昭和五七年一一月五日に浅水に本件建物を売却した旨の通知が遠藤及び浅水の連名で届いたうえ、昭和五八年八月一二日付けで、恩慈に対して本件建物の所有権移転登記をしていることが判明したので、渋谷は、遠藤との本件賃貸借契約を解除する手続を弁護士に依頼したが、昭和五八年八月一三日ころ、遠藤が行方不明になっていたため、解除の意思表示が、公示送達の方法によってなされ、昭和六〇年一月三一日同人に到達した。

(二)  被告は、恩慈が代表取締役をしていた株式会社山王商事の社員であったが、昭和五八年一一月二九日、恩慈から金四五〇万円で本件建物を買受けた(なお、所有権移転登記は経由しなかった。)。被告は、渋谷の代理人である佐藤義行弁護士から、昭和六〇年一月末か二月初旬ころ本件賃貸借契約が解除されたことを聞いたが、その際、同弁護士との間で、新たに借地権を設定するなら名義書換料として金七〇〇〇万円出してもらいたいとか、立退料として金二〇〇万円ないし金三〇〇万円位出すといった話がなされた。これに先立つ同年一月九日に、原告は、恩慈の兄恩慈宗武(以下「宗武」という。)から、本件建物を金三〇〇〇万円ないし金三五〇〇万円で任意売却したいので、金一〇〇〇万円で抵当権を抹消してほしいとの申入れを受けたが、極度額金一三〇〇万円の支払がなければ応じられないとして拒絶した。その後、同年二月下旬から七月下旬にかけて、本訴被告代理人の野村弁護士、恩慈、宗武及び被告から、数回にわたって、借地権のない建物は無価値であるから、金一〇〇万円ないし金四〇〇万円程度で抵当権を抹消してほしいとか、地主から立退料として金三〇〇万円もらって、原告、本件建物の根抵当権者で昭和五九年一月一四日に競売開始決定を得ていた訴外株式会社第一相互銀行(以下「第一相銀」という。)及び被告の三者で、三分の一ずつ分けてはどうかといった申入れがあったが、原告及び第一相銀は、競売手続に任せるとして、これらの申入れをいずれも拒否した。なお、原告も、昭和六〇年七月一〇日、本件建物につき競売開始決定を受けた。

(三)  昭和六〇年九月一四日、被告は、原告西日暮里支店長代理、原告代理人佐藤米生弁護士及び下谷警察署の警察官から、本件建物には抵当権が設定されているので、これを損壊すれば建物損壊罪にあたるとの警告を受けながら、内装工事と偽って、シヤベルローラー等を用いて本件建物を損壊し、同日、建造物損壊罪で現行犯逮捕された。建物の損壊状況は、請求原因2項記載のとおりである。

(四)  昭和六〇年九月一九日、渋谷から、本件建物の登記名義人である恩慈に対し、建物収去土地明渡請求訴訟が提起されたが、本件建物は、倒壊の危険があったため、昭和六一年三月八日、被告の手で取壊された。

(五)  昭和六一年三月一日原告は競売申立てを取下げ、同月五日差押登記は抹消され、同月一七日本件建物の登記簿が閉鎖された。

2. 以上の事実に照らして考えると、なるほど、被告は渋谷から本件建物収去及び土地明渡を求められてはいたが、訴訟は提起されておらず、債務名義に基づき強制執行を受けるおそれがあるといった切迫した状態にあったわけではないのだから、原告らが本件建物に抵当権を有することを知りながら、その承諾を得ることなく、それどころか、原告代理人(弁護士)や警察官の警告を無視してなされた本件建物の損壊行為に、違法性がないということは到底できない。

以上のとおりであるから、被告の抗弁は理由がない。

三、原告が受けた損害について

1. 請求の原因3の事実については、当事者間に争いがない。

2. 同4の事実について判断する。

(一)  成立に争いのない甲第二六号証の三(印鑑登録証明書)によれば、同号証の印影が遠藤の印章によるものであることを認めることができるので、これと甲第二二ないし第二四号証及び第二六号証の一の遠藤名下の印影とを対照すると同一であることが認められ、右の印影は遠藤の意思に基づいて顕出されたものと推定されるから、甲第二二ないし第二四号証及び第二六号証の一の遠藤作成部分は真正に成立したものと推定することができる。また、成立に争いのない甲第二六号証の二(印鑑登録証明書)によれば、同号証の印影がポピードレスの印章によるものであることを認めることができるので、これと甲第二六号証の一のポピードレス名下の印影とを対照すると同一であることが認められ、右の印影はポピードレスの意思に基づいて顕出されたものと推定されるから、甲第二六号証の一のポピードレス作成部分は真正に成立したものと推定することができる。甲第二六号証の一の原告作成部分及び同号証の五は、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認めることができ、甲第三四号証については、成立に争いがない。

(二)  甲第二二号証によれば請求の原因4(一)(1)の事実を、同三四号証によれば同(一)(2)の事実を、同二三号証によれば同(一)(3)の事実を、同二四号証によれば同(一)(4)の事実を、同二六号証の一ないし三によれば同(二)(1)、(2)の事実を、同号証の五によれば同(二)(3)の事実を、それぞれ認めることができる。

3.(一) 原告の損害額を認定するにあたっては、損壊前の本件建物の価値を把握しなければならないが、抵当権の設定された建物については、原則として以下のように評価するのが相当と考える。

(1)  建物に対する抵当権の効力は、原則としてその敷地利用権たる借地権に及び、その借地権は、売却により建物とともに買受人に移転するのであるから、建物評価にあたっては、借地権は建物価格の増加要因として考慮すべきである。

(2)  借地権価格

東京周辺の都市部においては、一般に、住宅地・商業地、建物の堅固・非堅固等の別に応じて、借地権割合を建付地価格の六〇ないし九〇パーセントとする慣行が成立している(右事実は、当裁判所に顕著である。)。

借地権が賃借権である場合には、買受人が建物買受け後、賃借権譲渡について貸主の承諾を得なければならず、承諾を得られるとしても、通常は承諾料の支払が必要であり、協議が整わなければ、借地非訟事件手続による借地権譲受許可の申立てをしなければならないから、借地権価格の算定にあたっては、名義書換料相当額として、東京地方では借地権価格の一〇パーセント程度を控除する慣行が成立している(右事実は、当裁判所に顕著である。)。

(3)  借地権の存否について争いがある場合は、係争の原因、係争の進展度ないし建物収去の可能性等の事情により、借地権価格から相当割合を減額すべきである。

(4)  借地権が消滅したことが明らかな建物の評価は、建物のみの価格として求めるのが原則である(借地権のない建物も不動産であって動産ではないから、取壊しを予定した材木値段によって評価すべきではない。)が、建物の収去のためには時間と費用を要することから、土地所有者が建物を買受けたり、土地利用権を設定することも考えられるので、事情により場所的価値の加算をすることができる。

(二)  成立に争いのない甲第一四号証(評価書)によれば、本件建物の競売手続において選任された評価人は、本件建物の損壊前の価格を以下のとおり評価している。

(1)  建物価格 六七一万円

再調達価格(一平方メートル当り金一三万円)×耐用年数等による減価率(一マイナス〇・八)×延面積(二五八・一八平方メートル)

(2)  借地権価格 三四二八万円

土地価格(一平方メートル当り金五〇万円)×借地権割合(〇・七)×名義書換料、借地権取引の市場性等による減価率(一マイナス〇・五)×地積(一九五・八六平方メートル)

(3)  評価額 三八九四万円

(建物価格+借地権価格)×立退に要する期間等による減価率(一マイナス〇・〇五)

(三)  本件借地権については昭和六〇年一月三一日に本件賃貸借契約解除の意思表示がなされているので、右解除が有効であるか否かについて検討するに、先に認定した事実によれば、解除原因としては、浅水及び恩慈への借地権無断譲渡並びに昭和五八年六月ころ以降の賃料不払が考えられるところ、遠藤が昭和五八年八月一三日ころから行方不明になっていることをも考慮すれば、解除は有効と認められる可能性が高いと一応考えられるが、一方、浅水に対する借地権の譲渡は、譲渡通知書に譲渡があったと記載されている昭和五七年一一月五日から一年近く経過して、遠藤が行方不明になった後に、右通知書が発信されていることから、占有を伴った譲渡があったかどうか疑問があること、恩慈に対する譲渡は、渋谷が三〇〇万円の支払を条件に承諾していることから、全くの無断譲渡とはいえないこと、賃料不払の点は、原本の存在及び成立に争いのない乙第四号証によれば、昭和六〇年三月に、第一相銀が、昭和五八年七月分から昭和六〇年二月分までの賃料を供託していることが認められ、以上の事実に照らして考えると、少なくとも、抵当権者及び競落人に対する関係においては、本件借地権の消滅が明白であったとはいえない。なお、先に認定したとおり、昭和六〇年九月一四日の本件建物損壊時においては、渋谷は、何人に対しても建物収去土地明渡の訴訟を提起していなかった。

(四)  前項の事実関係のもとにおいて、本件借地権価格の減価率((二)2の名義書換料、借地権取引の市場性等による減価率)を最も厳しく考え、名義書換による減価(一マイナス〇・一)に係争による減価(一マイナス〇・九)を乗ずる減価率に従って前記(二)2認定の借地権価格を修正したとしても、本件建物の価格は、借地権価格を含めて金一二二三万五六一〇円(建物価格六七一万円に借地権価格六一六万九五九〇円を加え、立退に要する期間等による減価率〇・九五を乗じたもの)であったと評価することができる。そして、本件建物は、倒壊の危険があったため取壊され、最終的には本件根抵当権は消滅しているのであるから、被告の損壊行為を原因とする借地権価格を含めた本件建物の減価額は、金一二二三万五六一〇円を下らないものと認められる。

先に認定したとおり、原告は遠藤に対し、右減価額を超える債権を有していたところ、本件建物の損壊行為により、右同額の債権の回収ができなくなったのであるから(甲第一号証によれば、原告は、極度額一三〇〇万円の範囲で第一順位の根抵当権者であった。)、原告の受けた損害額は、控え目に見積って金一二二三万五六一〇円と認定することができる。

四、結論

以上の事実によれば、右損害額の範囲内で損害賠償を求める原告の本訴請求は理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉崎直彌 裁判官 都築弘 後藤眞知子)

<以下省略>

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